第36回 本能
♪や〜く〜そ〜くは〜いら〜ないわ〜
ではなくて、25才のガキがコドモ作って虐待する世の中だ、17才は幼児で当たり前かもしれないって話。
どうやら佐賀の幼児は”自分の存在価値を見出したいがため”に凶悪事件を起こして歴史に名を刻もうとしたらしい。
「今自分が死んでも、悲しんでくれる人はせいぜい親兄弟と数少ない友達だけだ。自分は何のために生きているのかわからない」とか。
またそういう話を聞いて「僕も彼の気持ちがわかる」という投書もあるとこをみると、連鎖事件が起きる可能性は極めて高い。もう起きてるか。
これらのやりとりを見てて、情報や知識によって失われる本能について考えるようになった。
人間がまだ言葉を知らない頃、今でいうテレパシーで意志の疎通をしていたと思う。
それがなまじ言葉を知ったために場所によって言葉が違ってしまい、意志の疎通ができなくなってしまった。
こと恋愛にしてもそうだ。動物や虫は大した求愛行動もせず直ぐにくっつくが、それも打算ではなく運命の赤い糸で結ばれたのだと思う。
愛に理屈をつけるようになってから、人間は間違った恋愛を繰り返すようになったのではないか?。
本能で選択する事に間違いはない。しかしそこに少しでも情報や意志(思惑)が入ったら、その信憑性は低くなる。
さてさて、ここに自分の存在を後世に残す方法がある。それは子孫を残す事だ。これは誰でもできる事なのだ。
何も頭の中でいろいろ考えなくても本能で既にその答えが出ているのだ。
コドモが嫌いって人もたまにいるが、それは大人になって云える事であって生理的にコドモが嫌いであれば幼稚園で狂い死にしてるだろう。
人間頭でっかちになった分、無くしてしまったものは多いなって改めて思う。
しかしインターネットで国境がなくなりつつある現在、人間の英知は実は本能を取り戻そうとしてる事なのかも?と思ってみたりした。
考えすぎ?(^^)。